Ultimate_Instrument

Booker T. & the M.G.’s の演奏は、一般に「タイト」「無駄がない」「工場的」と形容される。各パートは明確に役割分担され、個別の表現や判断は前面に出ない。これ見よがしのノイズや、即興の見せ所はない。音は装飾されず、仕事として配置され、淡々と進行する。この徹底した実務性によって、アンサンブルは高い安定感を持つ。

しかしその安定は、単なる安心感には還元されない。選択点が極度に圧縮され、逸脱が局所的に処理されにくい関係配置のもとでは、わずかな変化が全体に波及しうるという緊張感が常に保たれる。演奏が崩れないまま進行すること自体が、その可能性を背景として引き連れている。

RNTの観点から見れば、ノイズは歪みやズレといった実体としてのみ理解されるものではない。関係が相互規定として成立するほど、ノイズは中心から消えるのではなく、周縁へと移動する。MG’s の演奏ではズレや破綻は生じないが、ノイズが消去されているわけでもない。関係が円滑に遂行された結果として、「起きなかった出来事」の可能性が残余として周縁に残り、聴取の内部で圧として作用する。この意味で、ノイズを実体として捉えないひとつの極限的形態が、MG’s のアンサンブルである。

同時に、MG’s の音楽には明るさがある。音は軽く、反応は速く、停滞しない。この明るさは緊張を打ち消すものではなく、関係が円滑に遂行されていることの結果として生じる。張り詰めた状態がそのまま流動性を保つため、緊張と開放は対立せず、並行して知覚される。

一つ一つの音は明確で確定しているが、その意味は一義に定まらない。緊張としても、開放としても受け取れるという点で、音は両義的に機能する。この両義性によって、MG’s の演奏はノイズを実体ではなく、関係の残余として保持する。

MG’s はノイズを強調する音楽でも、排除する音楽でもない。完結した関係配置がもたらす安定、緊張、開放の並存によって、ノイズを未発生の可能性として周縁に残す。その点で、MG’s はRNT的に重要な参照点となる。

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